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Nゲージの歴史2

1960年代に入ると日本にもNゲージが浸透していきました。しかし、この頃はまだ日本のメーカーが製作した日本型車両等は少なく、外国の製品に頼っていました。


1960年代

1960年代に入ると日本でもNゲージの鉄道模型を製品化するメーカーが現れました。

1963年頃、ローンスター社製「Treble-O-Lectric」シリーズを参考にした商品を、トミー(当時社名は「富山」でした)が発売しました。これは当時としては画期的な玩具でした。

1965年、KATOで有名なメーカー「関水金属」によって、プラスチック製車両や線路が発売されました。本格的に日本製の9mmゲージ製品が市場に流通したのは、この関水金属製品が初めてなので、1965年は、日本Nゲージの始まりといわれています。また、その後参入したメーカーは、関水金属の規格を基準にして製品を設計したため、関水金属の規格が日本におけるNゲージの標準規格となりました。

1960年代後半には、カプラー(連結器)を統一しようとする動きが出てきました。その頃のカプラーはメーカーによって異なっていたのです。各国のメーカーで協議を行った結果、西ドイツ(当時)のアーノルト社の製品が採用されました。

1960年代から1970年代初頭の日本では、日本型車両の製品が限られていたため、その頃にNゲージを購入した人達は外国の車両(西ドイツのアーノルト社やTRIX社等の製品)を日本型車両に見立てたり、無国籍風に使用したりしていました。愛好者のなかには、メーカーが作っていない車両を、改造や自作により製作する者も現れ、Nゲージの車両工作も徐々に浸透していきました。

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